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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

林村 (茨城県)

- 町村制施行により、浦須村・上林村・下林村・嘉良寿理村・片岡村・根小屋村が合併しが発足。 1955年(昭和30年)1月1日 - 柿岡町・小幡村・葦穂村・恋瀬村・瓦会村・園部村・小桜村と合併し八郷町が発足。同日林村廃止。 変遷表 浦須(うらす) 上林(かみばやし) 下林(しも) 嘉良寿理(からすり)

คำที่เกี่ยวข้อง

桂村 (茨城県)

現在の城里町の北部に位置する。 村は那珂川の西岸に位置する。 常陸大宮市 那珂市 東茨城郡常北町 西茨城郡七会村 1955年(昭和30年)2月11日 - 圷村、岩船村、沢山村が合併し、桂村が発足。 1963年(昭和38年)4月1日 - 国道123号が制定。 1966年(昭和41年)6月1日 - 茨城交通茨城線の石塚-御前山間の営業廃止。

東村 (茨城県)

新治郡の南端に位し、稲敷郡および筑波郡に接する。僅かに霞ケ浦に面する。山林あり耕地も多いが概ね平坦。永國および岩田には高地があるが、花室川を潅漑とする水田が広がり肥沃である。大字乙戸に、東西約1キロの乙戸沼がある。 文政年間に、中村から西根と追戸(乙戸)を分立。また岩田村から小岩田を分立し母

巴村 (茨城県)

大字鳥栖。大同元年創立。光明山と号す。大正11年、九条武子参拝。 主石神社 - 大字大和田。村社。 郡方役所址 - 大字紅葉。水戸徳川家拠点の一。 用次城址 - 大字紅葉。鹿島助幹の居城。 鉾田町史編さん委員会『鉾田町史 通史編 下巻』、鉾田町、2001年 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典

茨城県

レタス(坂東市ほか) 蓮根(土浦市ほか) 果実 こだますいか(筑西市、桜川市) メロン(鉾田市ほか) 梨(かすみがうら市ほか) 大玉すいか(牛久市、阿見町) イチゴ(鉾田市ほか) 栗(かすみがうら市ほか) ブドウ(常陸太田市ほか) リンゴ(大子町ほか) 穀物 米(県内全域) 蕎麦(常陸太田市ほか) 畜産物

十和村 (茨城県)

くちつき)、下坪(しもつぼ)、下モ田(しももだ)、周平宅地付、四郎平宅地付、新田戸井口(しんたといくち)、新道宅地付、新造宅地付、新畑、新畑森木(しんはたもりき)、清五郎宅地付、清次郎宅地付、瀬平宅地付、仙次宅地付、仙平宅地付(せんへいたくちつき)、仙沼宅地付、ソメ宅地付、台畑、大六天浦(だいろく

前渡村 (茨城県)

前渡村(まえわたりむら)は茨城県那珂郡にかつて存在した村である。 現在のひたちなか市、旧勝田市の東部、旧那珂湊市の北部に位置する。 村は太平洋に面している。 村名は前浜村の前、馬渡村の渡を組み合わせて前渡村となった。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、馬渡村・長砂村・足崎村・前浜村が合併し那珂郡前渡村が発足。

栗原村 (茨城県)

栗原まで敗走し、討ち取られた12人の遺骨である。白骨は拾い集められ、民間の手で買収された県道脇の一角に改めて埋葬された。翌昭和5年には「筑波役尊皇殉難義士之墓」(つくばのえきそんのうじゅんなんぎしのはか)を建て法要が営まれその霊を慰めた。昭和35年、腐朽した木碑は浄財により石碑に建て直され現存する。

鳥羽村 (茨城県)

1954年(昭和29年)11月13日 - 鳥羽村は大村町・上野村・村田村とともに合併し明野町が発足。鳥羽村は消滅。 変遷表 海老江(えびえ) 東保末(ひがしほずえ) 築地(ついじ) 鷺島(さぎしま) 成井(なるい) 高津(たかつ) 総数 [単位: 人] 総数 [単位: 世帯] 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典

美和村 (茨城県)

鷲子の祭り屋台にもその技が生かされている。(栃木県鹿沼市には、日光東照宮建造後も住み着いた宮大工が多かったという) 照願寺 余談だが、鷲子には、照願寺というお寺があり(上、下)、入り口にある桜は水戸藩の 光圀候(水戸黄門)お手植えと伝えられる。桜がまだあるかどうかは不明。 三浦杉 花立自然公園 [脚注の使い方]

桜井村 (茨城県)

- 宮戸川 村名はかつて存在した桜井郷に由来する。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、下大野村、柳橋村、久能村、葛生村(かずろうむら)、高野村が合併し西葛飾郡桜井村が成立する。 1896年(明治29年)3月29日 - 西葛飾郡と猿島郡が統合し猿島郡となる。 1955年(昭和30年)3月16日

大宝村 (茨城県)

北大宝(きただいほう) 平沼新田(ひらいしんでん) - 現在の平沼 福田新田(ふくだしんでん) - 現在の福田 下木戸(しもきど) 横根(よこね) 平川戸(ひらかわど) 比毛(ひけ) 堀籠(ほりごめ) 坂井(さかい) 大串(おおくし) 総数 [単位: 人] 総数 [単位: 世帯] 常総筑波鉄道( → 関東鉄道)

幸島村 (茨城県)

村名は、かつて存在した地名である上幸島に由来する。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、諸川宿、仁連宿、五部村、上和田村、駒込村、上片田村、下片田村、大和田村、新和田村、諸川新田が合併し猿島郡幸島村が成立する。 1955年(昭和30年)2月11日 -

美並村 (茨城県)

下大津村・牛渡村・佐賀村・安飾村・志士庫村とともに合併し出島村が発足。美並村は消滅。 変遷表 深谷(ふかや) 上大堤(かみおおづつみ) 下大堤(しもおおづつみ) 三ツ木(みつぎ) 南根本(みなみねもと) 大和田(おおわだ) 男神(おがみ) 中台(なかだい) 総数 [単位: 人] 総数 [単位: 世帯] 『角川日本地名大辞典

上島村 (茨城県)

上島村(かみしまむら)は茨城県鹿島郡にかつて存在した村である。 現在の鉾田市の南部、旧大洋村の北部に位置する。 村は太平洋に面し、北浦の東岸している。 村名はかつて存在した上島郷に由来する。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、梶山村・汲上村・二重作村・青山村・台濁沢村が合併し鹿島郡上島村が発足。

大国村 (茨城県)

町村制施行により、大国玉村、高久村、青木村、高森村、金敷村が合併して真壁郡大国村が発足。 1954年(昭和29年)1月22日 - 雨引村と合併して大和村が発足。同日大国村廃止。 青木(あおき) 高森(たかもり) 大国玉(おおくにたま) 高久(たかく) 金敷(かなしき) 総数 [単位:人] 総数 [単位:世帯]

玉里村 (茨城県)

する小川町、美野里町との合併により2006年3月27日に小美玉市(おみたまし)となった。これにより新治郡は消滅した。 霞ヶ浦が目の前に広がっており、筑波山も見える。 現在の小美玉市の南部に位置する。 北部および西部を石岡市が覆いかぶさるように隣接していた。 石岡市 東茨城郡小川町 1955年(昭和30年)3月31日

菅生村 (茨城県)

香取正(かどりやま)、蒲柄、上沼、上野(かみの)、神出し(かんだし)、黄金、古谷(こや)、小谷沼(こやぬま)、小谷沼新田、西郷花(さいごっぱな)、下香、下野原、下根、下沼、大並(だいなみ)、樽井、中郷、中里、中島、中曽根、西口、西郷(にしごう)、初戸(はつど)、原、平松、保地、前里、 大字大塚戸

田井村 (茨城県)

田井村(たいむら)は、かつて茨城県筑波郡に存在した村である。現在の茨城県つくば市の北東部に位置する。 万葉集の高橋虫麻呂の歌「筑波嶺の裾廻の田井に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉手折らな」による。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行に伴い、神郡村、杉木村、大貫村、小沢村、漆所村、臼井村が合併して発足。 1955年(昭和30年)2月1日

小幡村 (茨城県)

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、(旧)小幡村・須釜村・細谷村・上青柳村・下青柳村・加生野村が合併しが発足。 1955年(昭和30年)1月1日 - 柿岡町・葦穂村・恋瀬村・瓦会村・園部村・林村・小桜村と合併し八郷町が発足。同日小幡村廃止。 変遷表 小幡(おばた) 須釜(すがま) 細谷(ほそや) 上青柳(かみあおやぎ)